孔子の神髄 実践を
中国の王大使 立命館大で講演
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2005111800032&genre=G1&area=K1A(京都新聞)
> 立命館大(京都市北区)で17日、日本で初めての孔子学院開設を記念し、
> 中国の王毅・駐日大使が講演した。
(中略)
> 孔子や孟子ら儒教の思想について、王大使は「その神髄は和に集約できる」とし、
> 儒教など東方文化が世界の平和共存と発展に果たす役割を強調した。(後略)
何をか言わんや...
ま、論語から引くのが良いだろう:
「子曰く、君子は和して同ぜず。小人(しょうじん)は同じて和せず。」
最近の2ちゃんねるにおいては
中華人民共和国・大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国の3か国を指して
「特定アジア」と呼ばれているのだけれども
これら3か国は、儒教倫理に縛られた国々である。
(意図的に縛っているのか、マゾ的に縛られているのかはさておき)
そして、特定アジアの人口の99.99999999%(推定)は小人によって構成されている。
特定アジアの一体どこに「和」が存在しうるのだろうか?
日本においては誰だか知らないけど、
儒教を導入するときに仏教の「一切衆生悉有仏性」概念、
つまり「だれにでも悟りを開く可能性がある」という概念を
触媒として使ったのだと思う。
こうして君子vs小人の階級対立は
「小人であっても、誰でも君子になれる可能性がある」
これにさらにヒネりがかかって
「すべての民(=小人)は君子たらねばならない」という形で受容された。
つまり日本では
君子=支配者・小人=被支配者でなく
君子=模範的な人民・小人=存在意義のない者
と規定されることになった。
したがって日本国民はすべて君子であると見なされるので
ふつーに「和」の精神が通用する。
しかし儒教倫理に縛られてる小人3か国じゃ、通用しませんて。
このあたり、ちょっと思索が必要だろうな。